桐ヶ谷仁



1983 " JIN " Toshiba EMI/EXPRESS・ETP‐90249 /LP





 昨年『Japanese City Pop』という本を作った時、不覚にもリアル・タイムでは聴き逃していた素敵なアルバムを何枚も発見することができ、それは僕にとって大いなる喜びでした。その中でも特に嬉しかった1枚が、この桐ヶ谷仁の『JIN』です。仁さんは、松任谷正隆氏の門下生の1人として79年にアルファから『My Love For You』というアルバムでデビューしたシンガー・ソングライター。コーラスが得意ということもあり、松任谷氏がプロデュースした他アーティストの作品にも、よく弟の俊博さんと共にバック・コーラスで参加したりしています。なお、お弟さんの俊博さんはサウンド・プロデューサーとしても有名で、最近では具島直子を手がけているのも彼です。


 さて、シンガー・ソングライターとしての仁さんの魅力はと言うと、それはとびきりジェントルでゆるやかなメロディにあると思います。例えるなら、人影もまばらになった秋の海辺を、好きな人とただ黙って歩いているような、そんな感じ。そんな"仁さんらしさ"が最も発揮されているのが、この通算3作目の『JIN』(83年)だと思います。アレンジは松任谷正隆氏(個人的には本作が氏の数あるアレンジ作品の中でもベストだと思っています)。作詞に吉田美奈子、コーラスに須藤薫が参加したメロウ・グルーヴ・チューン「LIGHT&SHADE」のようなシティ・ポップも水準以上の出来ですが、それ以上にオススメしたいのがミディアム・スロウの「波」です。最近はカフェやラウンジでボサノヴァがブームですが、まるで Antonio Carlos Jobim や Marcos Valle などを想起させる曲調は、今の時代の空気にもすんなり溶け込み、心地良いヴァイブレーションを感じさせてくれます。この曲を聴いて、僕が真っ先に思い出したのが、加藤和彦さんの『Gardenia』(78年)。いずれも、ボサノヴァからの影響を無理なく消化したジャパニーズ・ポップスの秀作だと思います。
 次作『Vermilion』(84年)は、松任谷氏の下を離れての初セルフ・プロデュース作品で、椎名和夫さんがアレンジを担当。演奏には達郎さんバンドの面々が参加し、カラフルで躍動感あふれる仕上がりとなっており、こちらもなかなか聴き応えがあります。なお、現在の仁さんはというと、松任谷氏の音楽スクールなどでヴォイス・トレーナーをしたりと、アーティスト活動からはここしばらく遠ざかっているようですが、またいつの日か新作を聴いてみたい人の1人です。ちなみに『JIN』は、今春からスタートするシティ・ポップ再発シリーズの候補にも挙がっていますので、そちらもぜひ楽しみにしていて下さい。

(木村ユタカ)


「JAPANESE CITY POP」監修 木村ユタカ
(シンコーミュージック刊)



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