荒井由実

中央フリーウェイ

1976 " 14番目の月 " Toshiba EMI/Express ETP-72221/LP





 学校に通っていた頃は春というと環境が変わって、そわそわと落着きなく期待と不安がない交ぜになって、陽気以上にふわふわと漂っていたのを思い出します。最近は春が来たからといってさして目新しいことがあるわけでもなく、そういう意味での季節感は次第に遠い記憶となりつつあります。
 しかし、今年はちょっとばかり様子が違いました。私事で恐縮ですが4月初旬、約7年ぶりに引越しをしたのです。新居は東京西部の調布市。多摩川のほとりにある甲州街道の宿場町。武蔵野と多摩の接点のようなこの土地はそこここに未だ畑や雑木林も残る東京郊外の典型的な住宅街です。そんなわけで今年は久しぶりに「落ちつきのない」春を過ごしたのであります。
 さて、調布といえばユーミンの代表曲のひとつといっても過言ではない「中央フリーウェイ」。この歌の歌詞には調布から府中にかけての地名がいくつか出てきます。そんなわけで重ね重ね私事で恐縮ですが引越し記念に地元の名曲(?)(調布のコミュニティFM局も交通情報のBGMに使っているのよん)を取り上げてみようと実は前々から計画していました(笑)。


 「中央フリーウェイ」、「中央自動車道」というのが正式な名称。別にただではありません(笑)。西は小牧ジャンクションで東名高速と接続し、東は高井戸インターで首都高速新宿線に接続する全長 343.8Km の高速道路。高井戸から調布、府中などを横切り八王子を経て神奈川県をかすめ、山梨県、長野県の山岳地帯を縫うように走っていきます。(お、なんか今日は格調高いぞ 笑)
 西に向って走ると八王子を過ぎるあたりから上り坂が多くなるので"まるで滑走路"というのはまさにいい得て妙。八王子出身のユーミンはきっと独身時代、車好きの松任谷さんの助手席に乗って中央高速で送ってもらったことが何度もあるのでしょうね。
 "調布基地"は調布飛行場のことで敷地の一部が今は東京スタジアムとしてJリーグFC東京と東京ヴェルディの本拠地となっています。"右に見える競馬場"は府中の東京競馬場、左の"ビール工場"はサントリーの武蔵野ビール工場でいずれも我が家から車で10分ほどの距離にあります。
 以前から近くを通るたびに"右に見えるけーばじょお〜"と口ずさんでおりましたが、そんな人は僕だけではないはず。中央高速に乗るとちょうどこのあたりでこの曲をかけて大声で歌っている人いませんか?ちなみに僕は昔この曲を同じシチュエーションで聴きたいがばっかりに中央高速を走ったというお調子者です(笑)。
 ところで、この曲が収められている『14番目の月』。帯の「郊外の風と光ををあなたに贈ります」というコピーが何とも眩しい!。リリースされた76年当時を考えると"Suburb" を前面に押し出したコンセプトに、2歩も3歩も先を見ていたユーミンの姿が見えます。
 「天気雨」の、相模線に揺られて行った茅ヶ崎(きっとユーミンは八王子から横浜線で橋本まで出て相模線に乗り換えて湘南まで遊びに行っていたんだろうなあ)や、一説によると南武線の分倍河原の駅が舞台といわれている「雨のステイション」(『コバルト・アワー』)とか、実は何でもない東京郊外の風景が、ユーミンという感性を通して、光溢れる日本ではないどこかの風景に昇華していきます。
 当時ユーミンの歌は田舎の少年に東京への強い憧れを抱かせたものです。だって、赤いオープンカーで夕方の涼風を受けながら、彼女の肩に手を廻し中央フリーウェイを走るんだって本気で思ってましたもん。(そんな夢は実現しないままとうの昔にどこかに捨ててきました。涙)そんな近くて遠い憧憬を想起させてくれるところがまさにユーミンの真骨頂、ポップです。
 エンディングのフレーズが印象的な Leland Sklar のベース、ティンパン・アレーの的確なサポート、アルバムを通して聴かれる山下達郎、吉田美奈子、大貫妙子、尾崎亜美、タイム・ファイブらの美しくも粋なコーラス。
 こんなに眩しいアルバム、これから先はお目にかかれないかなあ。

(脇元和征)





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