Jack Nitzsche

Ebb Tide

1963/2001 " The Lonely Surfer "
Collectors' Choice Music CCM-195-2/CD





 このアルバムの音はともかくジャケットを初めて見たのはかれこれ20年近くも前になるでしょうか。「All About Niagara」という大滝詠一さんの資料本によってでした。当時九州の片田舎で、ポップスの大海に漕ぎ出したばかりの少年にとっては、Jack Nitzche はもちろん、当時廃盤化(笑)が進んでいた大滝さんの諸作でさえその全てを聴くことは難しく、遙か大海の彼方の"ロンリー・サーファー"の姿は全く見ることも叶わず、毎日毎日この本を眺めては、聞こえない音を聴こうとしていたように思います。遠いアメリカ。貪欲だったなあ、あの頃。おかげでこの本はぼろぼろ。この春『A Long Vacation』の復刻と共に復刊されるそうで、嬉しい限りです。
 あれから20年あまり。このアルバムが発売されてからはかれこれ40年近くを経て、CDで手軽に聴くことが出来るようになったわけで、何かと感慨深い春の到来ではあります。つらい花粉症もこれでなんとか乗り切れそう。


 Jack Nitzche は言わずと知れた Phil Spector の "Wall Of Sound"を、エンジニア Larry Levine と共に支えてきたアレンジャーであり、フィレスのあの分厚い音はこの人なくしては成し得なかったという重要人物。Spector をして「最もセンシティブでブリリアントなアレンジャー」と言わしめた(とは言うもののこのアルバムの推薦文ですから、あの Spector のこと、おべんちゃら半分かな?)彼のアレンジは、奥行きを感じさせるストリングスの響きや、独特なパーカションの使い方など独創性に富んだものであり、後の Braian Wilson などにも大きな影響を与えたのではないかと思われます。
 Jack Nitzche はもともと Duane Eddy や Paris Sisters、 後に Nancy Sinatra を手掛けて有名になったプロデューサー、Lee Hazelwood のもとでアレンジャーとして仕事をしていたところを Phil Spector に見出され1961年から彼のスタッフの一人となります。 1962年の The Crystals の大ヒット「He's A Rebel」がフィレスでの初仕事。このアルバムがリリースされたのが63年ですから、最も脂が乗りきっていた時期にレコーディングされたものであり、若きミュージシャン達とともに全体的に躍動感溢れる雰囲気が漂っています。勢いがありますね。
 全曲歌なしのインストもの。タイトルから言ってサーフィン・インストものを想像してしまいますが、サーフィン・インストの隠れた名曲「The Lonely Surfer」や Astronauts のヒット曲で Lee Hazelwood の書いた「Baja」を除いてはサーフィン・インストと言うよりも、「Stranger On The Shore」や「Ebb Tide」といったスタンダード、「世界残酷物語」、「荒野の七人」などの映画音楽のカヴァーも含めてオールドタイムな選曲がされており、ムードミュージック然とした響きも伺えます。彼自身はロック・テイストなものよりも本当はこうした音楽で編曲技法に磨きをかけたかったのではないでしょうか。好きなことをのびのびとやっているなあという感じが伝わってきます。特に個人的にも大好きな「Ebb Tide」はギターの音色とオーケストレーションの抜群のコンビネーションとエンディングのホーンの盛り上がりが哀愁を誘う名演です。
 バックは Hal Blaine のドラム、Tommy Tedesco、Ray Pohlman のギター、Leon Russel のピアノ、David Gates のベースと、フィレスでお馴染みのメンバーによる老練なる技を堪能できます。
 Jack Nitzche は昨年8月に63歳の若さでこの世を去りました。ロックンロールがまさに隆盛を極めていた眩しい時代も、次第に歴史の彼方へと遠ざかっていきます。ご冥福をお祈りいたします。

(脇元和征)


『多羅尾伴内楽団VOL.1』
多羅尾伴内楽団(Columbia LX-7031)



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