2022.02.12
サイダー77 サイダー77
大滝詠一

ナイアガラCMスペシャル (1977)

日本コロムビアで大滝詠一を担当したディレクター谷川氏の目線でナイアガラを振り返る連載、『日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一』が進められています。

日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一|霧の中のメモリーズ

ナイアガラが日本コロムビアに移籍した1975年11月に始った物語は、1976年11月に入りました(第13回現在)。コロムビアのファーストイヤー、1976年を振り返ってみましょう。

最初の作品は、3月リリースされた『トライアングルVol.1』。プロモーション活動も行い、夏に「ナイアガラ音頭」で少し盛り上がる。そして制作に苦戦をするも10月にアルバム『GO!GO!NIAGAR』を発表。他方、ラジオ「ゴーゴーナイアガラ」はスポンサー問題をコロムビアの支援で乗り切り、月曜24時で継続。大きな会社コロムビアの中で、谷川氏と一緒に、ナイアガラがいかに作られていったかを知ることができます。


と、そんな中で朝ドラ。NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の今週は、1976年を描いていました。特に2月8日放送の第69回はひどくて、百恵ちゃんの「こわくない」(山口百恵「禁じられた遊び」)や「もうすぐ春ですね」(キャンディーズ「春一番」)に始まり、果てはドリフやサザエさんの”黄金の週末テーマ”まで歌われていました。週末というと”日曜夜7時半”の名作アニメもあります、この年の『母をたずねて三千里』もしっかり出てきます。別の日には「およげ!たいやきくん」や「山口さんちのツトム君」まで歌われていました(前者はニセ子門真人つき..)。これに「北の宿から」(都はるみ)と「ビューティフルサンデー」でも足せば、1976年の音楽は完璧ではないでしょうか。全国民がこれら全曲を歌えました。この中で日本コロムビアは、都はるみと『母をたずねて』(アニメ)の会社。この頃の同社にはなんとなくそういう印象があります。ソニーは強烈でした。キャンディーズ、百恵ちゃん、それに「木綿のハンカチーフ」(太田裕美)もCBSソニーでした。


自作の発表とラジオ以外の大滝詠一の活動に、他人への作品提供やCMの仕事がありますが、1976年は表立って行われていません。三ツ矢サイダーの仕事すらしませんでした(「サイダー76」山下達郎)。忙しくてそれどころではなかったのでしょうが、大滝はコロムビアの活動に集中していました。そして、ついにCMだけのレコード『ナイアガラCMスペシャル』の企画が実現します。同時に「サイダー77」が制作されます。この曲は、コロムビア移籍後、まさに最初の、ドリーミーなナイアガラ・サウンドが奏でられることとなりました。ナイアガラ第二章の始まりです。


「日本コロムビアの谷川恰と大滝詠一」 第13回 ナイアガラ担当2年目の谷ヤン|霧の中のメモリーズ

(たかはしかつみ)

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