2019.03.17
Be My Baby Be My Baby
Hal Blaine

(1963)

タメがあって跳ねるようなフィルイン。エンディング間際にタンッタンッタンッと弾む三連のドラミング。Hal Blaineのドラムはすぐにそれとわかる60年代のアメリカン・ロック、ポップスを彩るひとつのアイコンでした。

1929年にマサチューセッツ州に生まれたHal Blaine(本名Harold Simon Belsky)は小学校の時からドラムを始め、すでに10代でプロとして活動を開始。カリフォルニアに移り住んだ頃からセッション・ドラマーとして頭角を現し数々のレコーディングに参加するようになります。独特のリズムセンスとどんな曲にも器用に合わせられるスタイルでやがて引く手数多のドラマーとして様々なアーティストのレコーディングに参加していきます。

彼がスタジオ・ミュージシャンとして参加した曲はゆうに3万5千曲を超え、トップ10ヒットは数百曲とも言われています。誰もが知っている大ヒット曲も数多く含まれており、私たちは知らず知らずのうちに彼の演奏した楽曲を耳にしているのではないかと思います。
しかしながら、当時は演奏しているミュージシャンのクレジットがなされていないものが大半で、覆面でプレイしているものもあったりと彼が関わった仕事の全貌は分かっていません。もっともスタジオ・ミュージシャンというのは裏方仕事ですからそれも仕方のないことなのですが、近年になって実はこれもHal Blaineだった、あれも彼が叩いていた、というようなことが少しずつ分かってきています。中には、「え?この曲もそうだったの?」というような曲もあったりして、彼の傑出した才能や活動の幅広さには驚かされます。

そうした彼の活躍の一端は数年前のドキュメンタリー映画「レッキング・クルー」やケント・ハートマン著の「レッキング・クルーのいい仕事」に興味深いエピソードとともに克明に描かれています。
The Wrecking Crew=”壊し屋”とは穏やかではありませんが、The Wrecking Crewとはロックンロールの黄金時代であった60年代に西海岸を中心に活動していたスタジオ・ミュージシャンの集団で、Hal Blaineはその中心メンバーでした。ベースのJoe Osborn、同じくベースのCarole Kaye、ギターのTommy Tedesco、同じくギターのBilly Strange、またGlen CampbellもThe Wrecking Crewの一員としてギターを弾いていました。キーボードのLarry Knechtel、そしてレコード・アーティストとしてヒットする前のLeon RussellもThe Wrecking Crewのキーボード奏者でした。The Wrecking Crewにはこの他にもサックスのSteve DouglasやキーボードのDon Randi、Al De Roryなど50名を超えるミュージシャンたちが名を連ねていました。

彼ら職人的なミュージシャンを重用したのがプロデューサーのPhil Spectorでした。The Wrecking Crewをスタジオに一堂に集めて、せいの!で演奏させるスタイルは”Wall Of Sound”と呼ばれ,The RonettesやThe Crystalsなどのガールグループのヒットを中心に一世を風靡しました。Hal BlaineにとってはPhil Spectorとの出会いがスタジオ・ミュージシャンとしてのキャリアを築いていく上で非常に重要な出会いとなりました。

次に彼らを使って多くのヒットを生み出したのがThe Beach BoysのBrian Wilsonでした。The Beach Boysはバンドではありましたが、レコードではもっぱら天才Brianの理想とする音を表現できるThe Wrecking Crewが演奏していました。彼らの歴史的名盤『Pet Sounds』ではThe Wrecking Crewの優れた演奏力とアイデアが随所に表現されています。こうした例は枚挙にいとまがなく、The ByrdsやThe Monkees、The Associationといったバンドのレコードの多くも実は彼らが演奏しています。当時はそうした事情は当然伏せられていたので、彼らの存在が世間一般に認知されることは殆どなかったのでした。

そんな腕利きのミュジーシャンたちの中にあってリズム・セクションの扇の要でもあるドラマーのHal Blaineは中心的なメンバーでもあったのですが、元来世話好きで人望も厚くバンドのリーダー的な存在でもあったようです。

Hal Blaineはとても手数が多く非常に個性的なドラマーでした。曲によってはその個性を存分に発揮することもありましたが、歌のバックとなると「歌に寄り添う」とでも言うのか、きっと歌っているほうはこのリズムの揺らぎは気持ち良いんだろうな、と思わせるような間合いがありました。彼のドラミングには歌い手をすんなり曲に乗せてあげているような優しい響きが感じられます。

Hal Blaineが関わった曲はあまりにも数が多すぎるので、とても十分に納得のいく紹介はできません。むしろここでは誰もが知っている大ヒット曲をご紹介することで、彼の偉大な功績を偲びたいと思います。

音楽の楽しさを教えてくれたHal Blaineはまた、音楽を通して私たちの人生に豊かさをもたらしてくれた恩人でもあったように思うのです。



1.Mr. Tambourine Man/The Byrds(1965)


Bob Dylanの作曲による彼らのデビューシングル。イントロの印象的な12弦ギターはRoger McGuinn。Terry Melcherがプロデュース。

2.Everybody Loves A Clown/Gary Lewis & The Playboys (1965)

Gary LewisはコメディアンJerry Lewisの息子。リバティ・レコードのSnuff Garrettがプロデュースを担当しました。ザクザクと刻むHal BlaineのドラムとLeon Russellの切ないメロディーが印象的。

3.Wouldn’t It Be Nice/The Beach Boys(1966)

深いエコーのかかったギターのイントロを切り裂くHal Blaineの強烈なアタック。名盤『Pet Sounds』はこうして始まります。数多くのHal BlaineとThe Beach Boysとのセッションでもとりわけ印象的な1曲。

4.Strangers In The Night/Frank Sinatra(1966)

すでに巨匠として確固たる地位を築いていたFrank Sinatra。ロック・フィールドのThe Wrecking Crewが演奏し見事全米1位に。Glen Campbellもレコーディングに参加しています。歌とともに盛り上がるドラムがドラマティック。スタジオ・ミュージシャンとしての矜持を感じさせる1曲。

5.Windy/The Association(1967)

67年の全米1位。Bones Howeのプロデュース。美しいハーモニーを盛り立てるようなリズムが数々のヒット曲をサポートしました。

6.Up,Up And Away/5th Dimension(1967)

Jimmy Webb作曲の航空会社のCMソングにもなった大ヒット曲。5th Dimensionのハーモニーとともに高揚感を演出しているのはHal BlaineのドラムにJoe Osbornのベース。これぞポケット・シンフォニー。

7.MacArthur Park/Richard Harris(1968)

晩年は「ハリー・ポッター」の校長先生だったアイルランドの俳優Richrad Harris最大のヒット曲。Jimmy Webbの7分を超えるドラマティックな大曲を支えたのもThe Wrecking Crewでした。

8.Bridge Over Troubled Water/Simon & Gerfunkel(1970)

全米1位。Simon & Gerfunkelを代表する1曲。こうした物語性のある楽曲にも深い理解と解釈で臨んでいました。

9.(They Long To Be)Close To You/Carpenters(1970)

Carpenters初の全米1位。Hal David&Burt Bacharachの作詞作曲、Karen Carpenterの歌唱、The Wrecking Crewの演奏。奇跡の邂逅で生まれた美しい曲。ドラマーだったKarenをリスペクトするようなHal Blaineのドラム。永遠のマスターピース。

10.Be My Baby/The Ronettes(1963)

すべてはこのイントロのドラムから始まったと言っても過言ではありません。中学生の時にそれとは知らずに初めて聴いたHal Braineのこのドラムの響きがその後を決定づけてしまいました。フェイドアウト間際の三連のフィルインがアメリカン・ポップスの永遠の輝きです。

Hal Blaine – February 5, 1929 in Holyoke,MA - March 11, 2019 in Palm Desert, CA “The Wrecking Crew”rest in peace

(Kazumasa Wakimoto)

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