2019.02.24 - Movie
Bohemian Rhapsody Bohemian Rhapsody
Queen

Bohemian Rhapsody (2018)

Queen の話がこんなに日常になるなんてすごいことだ。あまちゃんでフレディーコスプレをして「わがる奴だけ、わがればいい」とグレていた花巻さんは予言者だった。中古CD屋に映画帰りと思しきご婦人が迷い込み、店員が「うち新品はないんですが」と言い訳しながら接客をしている。一般のCD屋さん、本屋さんまでにもクイーン商品が並んでいるのを見るのは気持ちいいものだ。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』が成功した理由はクイーンの曲のよさと、ライブ・エイドのパフォーマンスの素晴らしさを伝えることにフォーカスしたからだと思う。映画で使われた曲は以下のものだ。

Somebody to Love (1976)
Doing All Right by Smile (1969)
Keep Yourself Alive (1973)
Seven Seas of Rhye (1973)
Killer Queen (1974)
Fat Bottomed Girls (1978)
Love of My Life (1975)
Now I'm Here (1974)
Crazy Little Thing Called Love (1979)
We Will Rock You (1977)
Another One Bites the Dust (1980)
I Want to Break Free (1984)
Under Pressure (1981)
Who Wants to Live Forever (1986)

Bohemian Rhapsody (1975)
Radio Ga Ga (1984)
Hammer to Fall (1984)
We Are the Champions (1977)

Don't Stop Me Now (1979)
The Show Must Go On (1991)


とにかく選曲がすばらしい。冒頭に出て来る "Somebody to Love" はクイーンファンの心の愛唱歌だと思うが、ここまでアイコン化されたのは初めてではないか。また、クイーンの70年代はスタジアムバンドではなかったが、ホールで積み上げたライブが、動の "Keep Yourself Alive" "Now I'm Here"、静の "Love of My Life" としっかり映画に組み込まれている。これらにメガヒットを加えていくとそう、誉れ高き英国史No.1アルバム『QUEEN GREATEST HITS』が再現されるのである(その意味でサントラ盤が "Seven Seas of Rhye" を落としたのはとても惜しまれる)。そして、他の曲はデビュー前の "Doing All Right" と、80年代の "Under Pressure"、"Radio Ga Ga"、"I Want to Break Free"、"Hammer to Fall"、"Who Wants to Live Forever"、"The Show Must Go On" で完璧と言ってよい。ようは『GREATEST HITS』と「ライブエイドの再現」を組み合わせたものなのである。これをまとめて全世界に聴かせた製作陣は偉い。(ちなみに上記以外にもちらっと出て来る曲はいくつかあり、日本人だったら "I Was Born To Love You" の扱いに悩むと思われるが入れる場所がない。入れるならエンドロールだが "Don't Stop Me Now" の選曲はこれまた完璧である。)

ライブ・エイドは "Bohemian Rhapsody" "Radio Ga Ga" "Hammer to Fall" "We Are the Champions" の4曲である。実際には "Crazy Little Thing Called Love" "We Will Rock You" を含む6曲であった(CDでは1曲扱いの「エ〜ロ」を加えると7曲だが)。このクイーンはものすごい。おそらくどのクイーンライブよりも素晴らしい。面目躍如という言葉の用例として辞書に載せた方がいいレベルである。その音楽的な価値が臨場感たっぷりに追体験できるようになっていて本当に感謝している。

音楽以外の映画のことも少々。この映画で時に議論となるのが、史実との(時系列の)ずれである。たとえば口髭がはえる時期が早いようなことが多々あるが、この映画は(多少盛ってはいても)基本的に史実から構成されていて、ただし時系列を演出上いじっているという体をとっている。これに関しては、筆者はほとんど気にならなかった。唯一気になったのは "Fat Bottomed Girls" (1978) が下積み時代の曲として扱われていたこと。クイーンは曲調の時代変化が激しいので、"Fat.." の成熟度を前倒しで置いたのはどうかなと思った。それより衝撃だったのは、フレディーの病気とライブエイドの関係である。筆者はライブエイド時にはフレディーもバンドも感染を知らず、ウエンブレーの勇姿は、単にそこに至る数年間のもやもやを吹っ飛ばしただけのものだと考えていた。定説もそうであったはずである。それゆえ、病気からステージの流れは演出上のものだと理解していた。しかし、映画が成功してブライアン・メイから「実は薄々気づいていた」というコメントが出てきた[注1]。これには驚いた。盛ってはいるものの映画の通りであったのである。そう思ってライブエイドの映像を見返して見ると、また違う感慨がある。

映画はここで終わっている。その後のフレディーはクイーンで2枚のアルバム『A Kind of Magic』『The Miracle』を製作し、並行してソロワークを行い、さらに1991年に生前最後のクイーンのアルバム『Innuendo』を完成させ帰らぬ人となった。ソロワークでは The Platters の "The Great Pretender" のカバーや、ソプラノの Montserrat Caballé(昨 2018年に亡くなられました)と作った『Barcelona』など、とんでもなくやりたい放題だったのだが、亡くなり、病名を知り、そうだったのかなと思ったものだった。映画でフレディーの男女どちらへもの見境のない愛が描かれているが、音楽もさらに見境なく愛していた。


[注1] メイ「いや、彼が問題を抱えているのは知っていた」 「クイーン」B・メイ&R・テイラーが明かす、映画「ボヘミアン・ラプソディ」と事実の違い 映画.com

(たかはしかつみ)

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