2018.12.09
Never Grow Old Never Grow Old
Aretha Franklin

Amazing Grace (1972)

静かなオルガンの響きに乗って、今日の司祭と言ってもいいJames Clevelandが穏やかに語りかける。やがてクワイヤの合唱が始まると教会の熱気が次第に立ち上がってくるのが分かる。
父の教会で幼い頃から歌っていた彼女にとってはゴスペルこそが自らのアイデンティティを確認できる場所だ。久しぶりにゴスペルを歌う彼女。ルーツを確かめるように丁寧に歌い始める。


Aretha Louise Franklinは1942年3月25日メンフィスに生まれます。父親は牧師で母親はゴスペル・シンガーだったそうです。その後一家はデトロイトに移り住み、父の教会で歌うようになります。幼いころから歌うことに関しては天賦の才を持っていた彼女は早くからゴスペル・シンガーとして教会に立ち、やがてそれがレコード会社の目に留まると、1961年ColumbiaレコードからR&Bのシンガーとしてメジャーデビューを果たします。しかしながらColumbiaでは大きなヒットに恵まれず。Columbiaとの契約が切れたことを機にもともと彼女の才能に目を付けていたAtlanticの副社長にしてプロデューサーのJerry Wexlerの招きで67年にAtlanticに移籍します。ここから彼女の快進撃が始まるわけですが、この時すでに彼女は25歳になっていました。偉大なる”ソウルの女王”は意外にも遅咲きのシンガーだったのです。

オルガンの音色がゴスペル・チャーチの雰囲気を次第に高揚させていく。

Atlanticで最初のアルバムとなった『I Never Loved A Man The Way I Love You』はプロデューサーのJerry Wexlerがマスル・ショールズの腕利きのミュージシャンたちをニューヨークに呼び寄せて録音しました。ここから生まれたOtis Reddingのカヴァー「Respect」が全米1位を獲得。翌68年に発表されたAtlantic移籍後3枚目のその名もずばり『Lady Soul』では同い年のシンガー・ソングライターCarole Kingの「(You Make Me Feel Like)A Natural Woman」をカヴァー。Spooner Oldham(Piano)、Jimmy Johnson、Bobby Womack、Joe South(Guiter)、Tom Cogbill(Bass)、Roger Hawkins(Drums)といった面々が織りなす鉄壁のアンサンブルとArethaの伸びやかな歌がCarole Kingのオリジナルともまた趣の違う、“ArethaのNatural Woman”となり大ヒットを記録しました。

そして、彼女Aretha Franklinが登場。バックを勤めるパーソネルはJames Cleveland(Piano)、Cornell Dupree(Guitar)、Ken Lupper(Organ)、Chuck Rainey(Bass)、Bernard Purdie(Drums)、Pancho Morales(Congas)、The Southern California Community Choir(Choir)。この当時20代後半から30代前半の脂の乗った彼らの素晴らしいグルーヴ、これに乗るクワイヤのメリハリのあるコーラス。
そして何よりも素晴らしいのが観客の反応。Arethaとバックとクワイヤと観客との幸福なコール・アンド・レスポンス。


その後も彼女は精力的にアルバムを発表していきます。ジャズ・テイストの『Soul’69』(1969)、気鋭のDonny Hathawayを迎えてニューソウルに取り組んだ『Young Gifted And Black』(1972)など、様々なスタイルの楽曲に挑戦しますがどんな衣装をまとっていてもArethaはAretha。圧倒的な存在感でダイナミックに歌いあげてしまいます。
また、数々のカヴァー曲も彼女の魅力のひとつ。件のCarole Kingを筆頭として、BeatlesやSimon & Garfunkelといったロックやポップスも取り上げ、時にオリジナルを超えた解釈で自家薬籠中のものとしてしまいます。彼女のシンガーとしての度量の大きさはこうしたカヴァー曲をも自分のものとしてしまうところにありました。

誇りをもって歌うMarvin Gayeの「Wholy Holy」。観客との一体を感じるCarole Kingの「You’ve Got A Friend」。そして、前半のハイライト「Amazing Grace」へ。James ClevelandのピアノとArethaの掛け合いに肌が粟立つ。

ライブ活動も精力的に行い、『Aretha In Paris』(1968)、『Live At Fillmore West』(1971)などライブ盤も発表していきます。とりわけロックの殿堂でライブを行った『Fillmore West』は彼女の魅力をロックファンにも伝えたいという制作側の野心的な試みでロックのカヴァーを多く取り上げています。

そして、この『Amazing Grace』(1972)。このアルバムは上記の2枚のライブ・レコーディングとは趣を異にしています。それはこのアルバムが1972年1月にロサンゼルスの教会で行われたライブの模様を収めたゴスペル作品であることです。

後半はゴスペル・トラディショナルが続く。自らの出自をなぞるように声を捧げていくAretha。歌に祈りが乗せられて聴衆がそれに呼応する。天賦の才で聴く者の琴線を揺らす彼女の歌声。「Climbing Higher Mountains」、「God Will Take Care Of You」。クワイヤと共にボルテージが上がり、至福のコール・アンド・レスポンスが続く。

彼女はもともとダイナ・ワシントンのようなジャズシンガーを目指すべくデビューしましたが、ゴスペルを歌っていた子供の頃のように、本当に歌いたい自分自身の歌を取り戻すことで、彼女にしか表現できない彼女自身の唯一無二の、"Arethaのソウル"を作り上げていきます。
そしてそれは後に続く世代の、特にR&Bの女性シンガーたちのマイルストーンとなっていきました。

80年代に入りAristaに移籍後はLuther VandrossやNarada Michael Waldenといった当時の売れっ子プロデューサーともアルバムを制作し、90年代以降も制作のペースは落ちながらも最近に至るまで新作を発表しライブ活動を続けました。そして2005年には大統領自由勲章を受章しアメリカの国民的歌手であることを名実ともに示したのでした。彼女の訃報が流れた後ニューヨークの地下鉄「Franklin Ave.」の駅では駅名表示の隣に「Respect」と書かれた看板を設置して彼女に弔意を表していました。

当時の時代背景や社会情勢を考えると、彼女の歌はその時々で様々な葛藤や苦悩を乗り越えて作り上げられてきたものであることは想像に難くありません。多くの人たちが彼女の歌に勇気付けられ、共に前を向いて歩いてきたのではないでしょうか。
アメリカの大きな星が流れ、またひとつ時代にピリオドが打たれたのではないか、彼女の訃報に接した時そんな喪失感に襲われました。
この夏以降、家にいて音楽でも聴こうかという時間はほとんど彼女の歌を聴いていたような気がします。

「Never Grow Old」。そして彼女は歌う。決して古びることのない魂について。

30年近く前の話になりますが、ニューヨークを訪れた時たまたま彼女のライブが行われていました。でもチケットを入手することができず会場の前まで行って写真を撮って帰ってきたことがありました。あの時以来、いつか機会があれば一度生で彼女の歌を聴いてみたいと思っていましたが、その思いは叶いませんでした。
彼女の歌を生で聴くことができたらどんな思いを抱くことになったのだろうかと、このアルバムを聴きながら、今となっては詮無いことを考えていました。ライブというのは一期一会だけれども1972年1月14日のLA ”New Temple Missionary Baptist Church”には居合わせてみたかったと思わなくもありません。


Aretha Franklin – March 25, 1942 in Memphis,TN - August 16, 2018 in Detroit, MI "Queen of Soul"rest in peace


今日の1曲



(Kazumasa Wakimoto)

シェアする facebook twitter
Copyright (c) circustown.net