2018.05.04
Crossroads Theme Crossroads Theme
Wings

Venus and Mars (1975)

Tony Hatch の番外編です。

特集3回目で Tony Hatch がイギリスのテレビドラマの主題曲を多く手がけていたことが紹介されていますが、その中の一つ "Crossroads Theme" の謎に迫ります。

筆者が "Crossroads Theme" を知ったのは、Wings『Venus and Mars』(1975) でした。ポール先生です。この傑作アルバムの最終曲に、1分間のインスト曲が収録されていました。

Crossroads Theme / Wings (1975)

この泣きのギターの素敵なインストが、アルバムを初めて聴いた時からずっと気になっていました。しかし、当時の日本盤の解説になにも説明がなく、Tony Hatch 作ということもよくわかりませんでした(いま当時のレコードを確認してみたところ、レーベルに Crossroads Theme (Hatch) とあるだけ)。

『Crossroads』(クロスロード)は英国の連続テレビドラマで1964年から20年以上も続いた、いわゆるメロドラマのようで(平日毎日やっていたらしい)、本曲はそのテーマ曲ということになります。Wings のこの曲がドラマの主題曲のカバーであるということは、当時から何かに書いてあり知るに至ったと思うのですが、肝心のドラマが日本で放送されたこともなく(おそらく)、Tony Hatch のレコードを70年代80年代に見たこともなく、オリジナルはずっと謎でした。

わかったのは90年代、イギリスのテレビ主題曲を集めたCDを見つけたときでした(Castle とかのダサい4枚組)。「サンダーバードのテーマ」なんかも入っていたので買って勇んで聴いたところ何か違うんです。オリジナルには Wings バージョンにない長いイントロがある。本当はイントロではなく、ポールが使わなかった第一のテーマだったのですが。Wings バージョンは第二のテーマだけを演奏していたことになる。

Crossroads Theme / The Tony Hatch Orchestra (1965)

調べていくと、この二つのテーマには Tony Hatch のプロの技が込められていました。

BBCラジオが Hatch の作曲術を特集しています。

クロスロードはバーミンガムのモーテルが舞台で、モーテルに2つの家族が暮らしていた設定だったんだ、片側にモーテル、もう片側で売店を経営する家族だよ。そこで、2つのテーマを作曲したんだ、片方の家族の場面向けと、もう片方の家族向けに。そして、その2つを(同じコード上で)対位法的に重ねて録音したんだよ (Tony Hatch)。[BBC]

またクロスロードを放送した ATV も Hatch の特集を残しています。
ドラマ用の録音は予算がなかったので、小編成のリズムセクションを使った。第一のテーマには12弦ギターを、第二のテーマにはオーボエを加えた。第一のテーマの冒頭は、有名になった9音のモチーフだが、これはコールサインになっているんだよ、「みんなテレビの前に集まれ」と (Tony Hatch) 。[ATV]

引用した Tony Hatch Orchestra バージョンは、TV放送開始後に録音し直したものと思われますが、TV版と同様の構成です。印象的な12弦ギターのモチーフから始まるのが第一のテーマ。次にオーボエが奏でるのが第二のテーマで、これが Wings のカバーしたテーマになります。そして最後には両テーマが重なって対位法的な美しい構成のエンディングになります。ドラマ的には両家族が入り乱れて大混乱?でしょうか。


さて、ポール先生がどうしてクロスロードのテーマをカバーしたのか?
これは一種のブリテッシュ・ジョークさ。ジョークがわからなければ、単なるクロージングテーマにも聴こえると思うけど。"Lonely Old People" の後に来るのがミソなんだ。(歌詞に)「Nobody asked us to play」ってあるだろ、お年寄りは時間をつぶしていて、でも誰も孤独な年寄りに関わり合いたくない。なので家でクロスロードを見るのが英国老人にとっての重要事項なのさ (Paul McCartney)。[wingspan.ru]


うーん。なんといいますか、英国人でないわたしはにやりともできないのですが、とにかくアルバムのクロージング・テーマとして優れています。『Venus and Mars』はタイトル曲をはじめ良い曲が多いのですが、とくに好きなのが最後の4曲、"Listen to What the Man Said"〜"Treat Her Gently-Lonely Old People"〜"Crossroads Theme" の流れ。ポール先生のポップ側面が凝縮されていて本当に好きです。

"Listen to What the Man Said" はシングルでヒットし東京でも演奏してくれました。続く "Treat Her Gently-Lonely Old People" 2つの小品が組み合わされたこの曲。前者は若い恋人たちへのメッセージ、そして後者はお年寄り達への暖かい目線。ポール先生の忘れられた名バラードの一つと言えるのではないでしょうか。そしてその後を締めくくる身も蓋もないジョーク。。。まあポール先生ですから何も言いませんが。20世紀の対位法作曲の王者 Paul McCartney が、Tony Hatch の対位法をばっさり2枚におろして半身を極上に仕上げる。Jimmy McCulloch のリードギターと、Joe English のドラムがさえる Wings 最高の演奏。Allen Toussaint も参加したと言われるニューオーリンズでのレコーディング・セッションの最中に、米国南部色も全くないこんなジョークセッションをしていた1975年のポール先生でした。

Wings のクロスロードのテーマは、記念に当時のドラマの放送に使ってもらったとのこと。そして、Tony Hatch のテーマ曲は、1964年から20年以上使われ続け、さらに21世紀のリバイバル放送においても変わらず使われていたそうです。


[BBC] Tony Hatch: As Heard on TV - 10 rules for writing a memorable theme tune #2. Crossroads: Be flexible, 6 June 2017
#この10個の作曲ルールというのはとても面白いです

[ATV] Tony Hatch: Crossroads Theme, 14 June 2009
#ここにはクロスロードのテーマは Hatch がオファーを受けて20分で作曲したという伝説?も掲載されている

[wingspan.ru] PAUL GAMBACCINI. "PAUL MCCARTNEY IN HIS OWN WORDS" VENUS & MARS ARE ALRIGHT.

(たかはしかつみ)




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