2018.03.31
夢で逢えたら 夢で逢えたら
シリア・ポール

夢で逢えたらVOX (2018)

去る3.21にシリア・ポール『夢で逢えたらVOX』がリリースされました。『夢で逢えたら』は大滝詠一が日本コロムビアに移籍してからの4作目、『トライアングルVol.1』『GO! GO!』『CM』に続く1977年の作品で、彼の代表曲でもある「夢で逢えたら」をフィーチャーしたものです。今回発売された「VOXセット」はアルバム『夢で逢えたら』1枚が、CD4枚、LP2枚、プラス7インチシングル2枚のフォーマットでボックスセットになったもの。CD4枚の内訳は、オリジナル、当時ボツになった初期のミックス(ONKIO HAUS MIX)、そしてCD時代に対応した’86年ミックス(SONY MIX)、さらにライブやアウトテイクを収録したレアリティーズです(アナログは音はCDに含まれているとの認識)。それに豪華ブックレットが同梱されています。


夢で逢えたらVOX(SONY MUSICより引用)


ボックスに、曲「夢で逢えたら」は11テイク収録されています。これと豪華ブックレットで明らかになったレコーディング記録から、〈ナイアガラの謎〉 すなわち大滝詠一はあの「夢で逢えたら」の音をどうやって作っていったのか、に挑んでみたいと思います。

まず基礎録音ですが、1976年の2月25日に2テイク録音されていて、あまたのバージョン(LP、シングル、Mono、Stereo、カラオケ等)は Take 1 を元に作られ、Take 2 は今回初めて世に出たと考えて良さそうです。

レコーディングの様子は、音と豪華ブックレットのスタジオ写真、資料写真(大滝本人のレコーディング日誌、および16chマルチのトラックシート)から伺い知ることができます。資料写真は解像度が高く、大滝の文字もちゃんと読める。ただし、手書き楽譜の類は掲載されていません。ナイアガラレコーディングでは楽譜はアレンジをする主たる道具ではなかったようですが、井上のピアノやシリアの譜面台に置いてある 〈紙〉 をひとめ見てみたいですねぇ。

豪華ブックレット資料から抜き出すと、「夢で逢えたら」のレコーディングは以下のように進められたことがわかりました。

1976/2/25 =REC= Take 1,2 @45st
1976/3/02 Organ Dub @45st
1976/3/08 Horn Sections Dub @45st
1976/3/10 Perc, Mandolin* Dub @sc
1976/3/11 Chorus Dub @sc
1976/3/13 Strings Dub @sc
1976/3/14 Vocal Dub @45st
1976/3/15 =MIX= @onkio
1976/3/16 =MIX= @onkio
1976/3/18 Vocal(一部)DUB @col
1976/4/10 Vocal(一部)DUB @45st
1976/4/10 =MIX= @sony

Dr:上原ユカリ裕, B:田中章弘, Pf:井上鑑, Gt:村松邦男
45st:福生45, sc: サウンドシティ, onkio: 音響ハウス, col:コロムビア, sony:CBS SONY
*マンドリンは使われてないので「ドリーミング・デイ」のためと思われる

曲の作りを理解するために CD4 に収められている、「夢で逢えたら Take 2」がとても役に立ちました。これは2月25日のフォーリズムに井上鑑のオルガンをオーバダビングしただけの、この曲の骨格そのものです。ヴォーカルはおろかカスタネットもありません。Take 2 はアウトテイクではありますが、正規のテイクと構成やアレンジは同一のはずです。ロンバケのとき20人でやっていたことを、たった4人で演っています。その軸は上原裕のドラムで、それは実直で力強く、ロックと呼べるものです。ただし、たたかれるパターンは面白いものですが、最終形態で聞けるリズムのうねりは、オルガンのからみで少し表出するもののあまり感じられません。ドリーミーさに至っては、無いどころか想像だにつきません(関係ありませんが、録音日誌からユカリ氏がよく熱を出していたようなこともわかります)。

シリアの「夢で逢えたら」の謎は、このリズム録りの段階で最終形態がどこまでできていたか?です。その答えは「全てできていた」。これがこのボックスからわかることです。

4リズムに(さらにリズム楽器的に)オルガンとチェンバロを重ね、ホーンとストリングスをかぶせ、フルートとコーラスを乗せ、カスタネットを重ねて完成です。これを最初の録音から約2週間で済ませている。しかも上記日程の間の日は休みなく他の録音やダビングをしているのです。もちろん吉田美奈子で一度実験をしてはいるわけですが。

ちなみに大滝の日誌とマルチのトラックシートを見ていると、色々興味がわいてきます。カスタネットはどうやって録ったのか?日誌的には3月10日のようですが、マルチのトラックシートでは最終トラック16が割り当てられていて、録音の時系列とトラック番号が合いません。トラックは1から順番にみたいな単純な話ではないと思うのですが、もう一つのカスタネット曲である「ドリーミング・デイ」のカスタの音と聞き比べると、「夢で」が厚いです。なにかやってる。トラックシートを凝視すると、チェンバロ(←ちなみにこの記載が日誌にない)のトラックはカスタネットと書いてあったのを消しゴムで消したように見えたりします。カスタネットは3月10日の録音でしょうが、何か細工がありそうです。


夢で逢えたらの16chマルチのトラックシート



しかし上記のような 〈細部の魂〉 もさることながら、曲全体の不思議なリズムとドリーミーさが、時間的にも予算的にも制約のある中、すごいスピード感で断片を録り、それを一気に完成させた手腕こそに感動を隠せません。上原裕のドラムパターン、井上鑑の3度の鍵盤演奏が生むポリリズム、山下達郎の太いストリングス、シンガーズスリーのコーラスワーク。どれも細部の工夫が入っており、これは大滝だけでなく各担当の工夫もあったと思うのですが、大滝はそれ全体を 〈一度も全体を聴くことなしに〉 つくることができたのです。これは「君は天然色」の一発録りとは違う手法です。ここから20人の 〈大滝オーケストラ〉 に至るのもすごいのですが、逆にこの制約の中これができたのがすごい。コロムビア・ナイアガラの到達点です。

レコーディングが始まってしまうと、大きな手戻りはただ一度、ミックスのやり直しです。日誌にも「音が気に入らないのでやり直す」とメモが書かれています。先に書いた通り、このボックスセットには同じアルバムがミックス違いと称して3枚入っているのです。1枚目(オリジナル)と3枚目(SONY MIX)は音がかなり違うし、歴史的経緯も理解しているからいいのですが、問題は2枚目のONKIOミックス。これが手戻りの残骸なのですが、初めて聞いてみましたところ、よくできている。この2枚目がどう違うのか、大滝詠一は何が気に入らなかったのか、これを探求するために聴くのです。結果、実は私には違いがよくわからなかったのですが ^^; ちなみに ONKIOミックスの最後にはおまけで、MONO Track Only が収録されているのですが、これが長い。なんと50秒近くも長くて、通常フェイドアウトしていた後も楽しめる。はい、これだけでも美味しくいただけました。


シリアのレコーディングまでに 〈あの音〉 とあの音を出す 〈設計図〉 を大滝詠一は確信していた。それは「サイダー」や美奈子のレコーディングで実験してきたものであり、細部の工夫を机上検討を含め十分に仕込んだ上で、一気に実現したものだった。これが今回私の 〈見立て〉 です。『夢で逢えたら』の試行錯誤が『ロンバケ』になった、ということでもないんだよな、どうやら。また少しではありますが、大滝詠一が見えていたものが感じられるようになった大滝詠一2018 〈新作〉 でありました。残る謎は『GO! GO! Niagara』だな。コロムビアでの仕事がいかに大滝を確信たらしめたのか。この研究はまだまだ続きます。


circustown.net では「夢で逢えたら」の前後の考察を何度かしております。



また、今回執筆にあたり、下記雑誌を参考にしました。

  • レコードコレクターズ 2018年4月号 特集シリア・ポール『夢で逢えたら』
    島村しまむーん文彦さんの原稿が私好みの情報整理をしてくださっているので、こちらは1曲に集中できました。
  • Sound Designer 2018 April 「大滝詠一のエンジニア吉田保氏が語るEQというエフェクトの真髄」
    シリアの『夢で逢えたら』の話はないのですが、吉田美奈子の「夢で逢えたら2018」の録音話が聞けます(美奈子と保氏の一緒の写真を私は初めて見ました)。また、大滝自身が歌う「夢で」が吉田保が帰ったあと、大滝が一人残って制作した(だろう)ことがわかりました。
  • レコードコレクターズ増刊 大滝詠一 Talks About Niagara - Complete Edition 2014年4月号増刊
    湯浅学・萩原健太両氏による大滝詠一のインタビューが掲載されていて「録りはけっこう早めにやっていたにもかかわらず、ミックスで悩んで。」と本作を述懐している。


(たかはしかつみ)




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