2015.02.14 - Jimmy Webb Special
Poor Side Of Town Poor Side Of Town
Johnny Rivers

Changes (1966)

Johnny Riversの「Poor Side Of Town」は1966年にリリースされ、見事全米1位になりました。曲を書いたのはJohnny Rivers本人とLou Adler、流麗なフルート(Bud Shank!)やストリングスの素晴らしいアレンジはMarty Paich、印象的なバック・コーラスはDarlene Love率いるThe Blossoms。昔から大好きな曲で、聴くと未だに胸の奥がキュウと締め付けられるような甘く切ない感情に浸ります。

今回の「Jimmy Webb特集」でなぜ取り上げたかと言えば、この「Poor Side Of Town」は実はJimmy Webbが書いたのではないかという推測を以前から朝妻一郎氏がしていて、その話がとても面白く納得のいくものだったので、僕も全面支持したいと思っているからなのです。その話は『キーボード・マガジン』で1982年から85年まで連載された「アナザー・サイド・オブ・ミュージック・ビジネス」の中の「“Poor Side Of Town”に隠された秘密」というコラムで3回に渡って紹介され、その後2008年に白夜書房から出版された朝妻氏の業績をまとめた本『ヒットこそすべて』にも再掲されました。

朝妻氏がこの曲をJimmy Webb作だと推測した理由は…
1. Johnny Riversのそれまでのヒット曲、例えば「Memphis」や「Maybellene」「Secret Agent Man」では自作の曲がなく、いきなりこんなオリジナルの名曲を作るのはおかしい。
2. 共作者のLou Adlerは本作のプロデューサーで、彼は過去にSam Cookeのヒット「Wonderful World」をHerb Alpertと共作したが、その際にも作詞作曲のクレジットを他人の名義(Sam Cookeの奥さんのBarbara Campbell)でリリースした前歴がある。
3. 「Poor Side Of Town」が収録されたアルバム『Changes』に、Johnny RiversとLou Adlerの共作による曲が1曲も入っていない。それどころかこの2人による曲は他に存在しない。
4. その『Changes』には「Poor Side Of Town」と雰囲気が良く似た曲「By The Time Get To Phoenix」が収録されており、その作者こそが、Johnny Riversが持つ音楽出版社と専属契約をしたばかりのJimmy Webbだった。

以上のようなことから朝妻氏が推測したストーリーは次のようになります。
まだ売れていないJimmy Webbのデモテープを聴いたプロデューサーのLou Adlerは、Johnny Riversと立ち上げた音楽出版社の専属作曲家になることをJimmy Webbに提案した際、Johnny RiversのレーベルにいたThe 5th Dimensionで彼の楽曲を録音することなどを確約する代わりに、彼のデモに入っていてJohnny Riversでの録音が決まっていたナンバー「Poor Side Of Town」のクレジットを、自分とJohnny Rivers名義にしてくれと頼んだ。それまでに契約していた音楽出版社に不満を抱いていたJimmy Webbはこの提案をのみ、晴れて「Poor Side Of Town」はリリースされ全米No.1になった…と。

この話、すごくなるほどと思いますが、何よりも自分が信じる理由として、この「Poor Side Of Town」が本当にJimmy Webbが書きそうな曲だということ。歌詞も「ここではないどこか」への脱出願望や、地元地域への郷愁感など、彼のトレードマークとなっている世界観が滲み出ています。

その後すぐにJimmy Webbはソングライターとして大成功を収め、自身の音楽出版社Canopy Musicを設立しています。自分を世に出してくれたJohnny Riversの出版社を早々に辞めたのは、彼が「Poor Side Of Town」の件だけで恩義は十分と思っているのでは、とも朝妻氏は推測しています。ここら辺の話、もし真実であれば相当面白いと思うのですが、Johnny RiversもJimmy WebbもLou Adlerもまだ存命で、もしかしたら3人で墓まで持っていこうなんて取り決めているのかも知れません。

長くなったついでに、もうひと話。
2012年に刊行された『レッキング・クルーのいい仕事』という本に、まだ19歳の若造だったJimmy Webbが、本アルバム『Changes』制作のために、自身が書いた「By The Time Get To Phoenix」をレッキング・クルーのメンバーたちと初セッションする緊張感溢れるエピソードが語られていました(ただし、レコードのミュージシャン・クレジットにJimmy Webbの名前は載っていません)。Larry Knechtelら錚々たるメンバーたちに「こいつ何者?」と冷たい目を向けられながらも、Jimmy Webbは精一杯演奏し、最終的にはそのセッションで一瞬にして才能を認められたとあります。もちろんJimmyをスタジオに招いたのはJohnny Riversで、彼は「作曲者本人に演奏に参加してもらいたい」との希望を強く持っていたそうです。そんなエピソードからも当時の2人の信頼関係が浮かび上がるようですね。

今日の1曲


(高瀬康一)




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