2013.05.05
Deserie Deserie
The Charts

(1957)

もう30年ほど昔のことになりますが、山下達郎がDJを担当していたNHK-FMの「サウンドストリート」で6週に渡ってドゥー・ワップ特集をやったことがありました。
今でこそライノ辺りからしっかりとしたリマスタリングでCDが出ていますので、容易に聴くことができますが、当時は日本でのドゥー・ワップという音楽の認知度はともかく、音そのものを聴くことができないような環境でしたので、ラジオとは言え、1ヶ月以上にも渡って全国放送されたこの特集は当時としては野心的な試みでしたし、僕にとって初めて聴く音楽は好奇心を十二分に刺激してくれました。

さて、そのドゥー・ワップ特集の際にテーマ曲として使われていたのがニューヨーク出身のヴォーカル・グループThe Chartsの「Deserie」という曲でした。
その当時はよく分かりませんでしたが、今聴くとハリのあるバリトン、甘いファルセット、コーラスを引き立てる過不足のない演奏と、この曲がドゥー・ワップの持つ魅力を余すことなく発揮したとてもスウィートな曲であることが分かります。

大阪のフェスティバルホールが建て替えとなり、このほどオープンしました。
先代のこのホールは重厚荘厳な風格のあるホールで、他のどのホールにもない独特の雰囲気を持っていたことで、多くの音楽家やオーディエンスを魅了してきました。長い時間をかけてホールが紡ぎ出してきた音響特性。それゆえ「ここで演るのは特別」という演奏家が数多くいることでも知られたホールでした。
リニューアルしたホールは、往時の雰囲気をそのままに、より格調高くモダンな要素も取り入れたホールとして生まれ変わりました。
エントランスの赤絨毯の階段やホールに至る長いアプローチ、客席のローズウッドの床など、ちょっと贅沢な雰囲気もあります。

4月から様々な音楽家によるこけら落とし公演が開催されており、僕は件の山下達郎の公演を観に行ってきました。
ファンにはよく知られているところですが、彼のライブでは公演が始まる前の会場でドゥー・ワップが流れています。これらはもちろん本人が選曲をして流しているものなのですが、ちょっと早く着席して開演前の心地よい緊張感の中でこのドゥー・ワップを聴くひとときが山下達郎のライブの醍醐味のひとつ。とりわけ好きな瞬間です。

今回のフェスでいよいよ開演時間が迫り、ほとんどの観客が着席して静まりつつある時に最後に流れてきたのが「Deserie」でした。その刹那ぞわっと泡立ってくるのが分かります。先代のフェスティバルホールが竣工したのとほぼ同じ時期の1957年に発表されたこのドリーミーな曲が、それから50年以上の時を経て真っさらなホールに響き渡る・・・。新しい天井や壁に、染み込むように音が吸収されていく様が見えたような気がしました。
それにしてもフェスにドゥー・ワップはよく似合う。

肝心なライブの方はこのレビューのタイトルとして頂いた「Music Book」や「あしおと」がおよそ30年ぶりに聴けたり「God Only Knows」をあのアレンジで演ったり(小笠原拓海、ハル・ブレインに挑戦す!)と、懐かしくも驚きと再発見の楽しいライブでした。

新しいこの特別なホールはこれから時間をかけて、樽の薫りまでもが溶け込んだワインのように様々な音や光を吸収して滋味溢れる空間へと熟成していくのでしょうね。
長い時間をかけて味わい深い曲になっていった「Deserie」のように…。



今日の1曲


(Kazumasa Wakimoto)




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