山下達郎

パレード

『Niagara Triangle Vol.1』(コロムビア LQ-7001-E)





 i-Pod がものすごい勢いで売れているそうである。先日も家電量販店を覗いてみたら最新機種は売り切れ入荷待ちだそう。思えばウォークマンの登場以来、音楽はどんどんパーソナルなものになっていった。ジャズ喫茶とかロック喫茶のように、みんなが一箇所に集まって貪るように音楽を聴いていた時代も今は昔。何千曲もを小さな箱に収めていつでもどこでも聴けるというのは、胸のポケットにCDラックを抱えて歩いているようなもので、ある意味で音楽の楽しみ方の究極の姿といえるかもしれない。


 ところで、私事だけれども去年の秋のある日、末の子の保育園の運動会を見に行った時のこと。大縄跳びを10回跳んで、数十メートル先まで走りそこでお母さん宛ての手紙を受け取ってその手紙をお母さんに渡す。手紙には「抱っこして」とか「おんぶして」とか子どもたちのお母さんへのお願いが書いてあって、受け取った母親はリクエストどおりに子どもを抱っこしたりおんぶしたりしてゴールまで走るという出し物。親ばかだけれども息子も上手に跳んで母親まで勇んで走っていった。そのバックで流れていたBGMが山下達郎「パレード」。「おっ、達郎さんじゃん」きっと山下達郎を、この曲を好きな先生がいるんだろうな、と思いながらビデオを廻していたのだけれど、秋の空に23歳の達郎さんの艶のある声が響き渡るのはなかなか気持ちいいものだった。決して秋空に合う詩の内容ではないけれど、ザクッザクッと刻むリズムと軽快なメロディはやっぱり爽快。決して音は良くない拡声器だけれども大きな音量で流れる、あの伸びやかな若き日のテノール・ヴォイスが最高に心地よい。
 思い起こせば私の世代はウォークマンの一期生である。だからi-Podブームというのも分からなくはない。ヘッドフォンでひそやかに楽しむ音楽のよさも知ってはいる。でもやはり、青空の下でいきなりどーんと聴かされるとノックアウトされてしまう。拡声器の山下達郎はいいのである。(ん?"拡声器の山下達郎"?どこかで見た組み合わせだな。)
 「パレード」は1976年、シュガー・ベイブ解散後に大滝詠一、山下達郎、伊藤銀次の3人が曲を持ち寄って作ったアルバム『Niagara Triangle Vol.1』に収められた。ナイアガラはエレック・レコードの倒産によりコロムビアに移籍したが、シュガーも伊藤銀次のココナツ・バンクも解散してしまったため、ナイアガラ構想最後の記念アルバムを作ろうということで集まったらしい。コロムビア移籍第一弾がナイアガラ最後のアルバムとして企画されたというのもいかにもナイアガラ的であるが、おかげで三人の個性がごった煮になった、なんとも言えない味わいのアルバムができた。
 「パレード」はもともと、ニッポン放送のスタジオで録音されたシュガー・ベイブのレコード・デビュー前のデモ・テープとして録音されたのがその最初。レコードでは坂本龍一の印象的なピアノのイントロから始まる。この曲が最も印象的に聞こえるのは山下達郎自身によるグロッケンではないか。グロッケンのこのきらびやかな音色が"パレード"という言葉の響きが持つ華やかな気分をぴったりと表現している。また、Dedicated to として Jerry Ross とともにJerry Ross プロダクションの Jim Wisner、Joe Renzetti そして Keith の名前が挙がっており、この曲が東海岸ポップスへの深い敬愛のもとに作られたことが伺える。
 『Niagara Triangle Vol.1』も今年30周年。はるかな時代の向こうから聞こえてくる「パレード」は、でも決して色褪せないで近づいてくる。

(脇元和征)





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