広谷順子

遠い情景

1979 " その愛に " CANYON C25A0038/LP
PONY CANYON PCCA-01061/CD





 母のエプロンにつかまっている5才の少女が見ていたある日の風景。それは黄金色の風となって体を通り抜け、心にジーンと何かあったかい気持ち、想いが残ります。
 「遠い情景」で見えてくるのは、昭和の懐かしい日本の家族の風景。優しい母の匂い。
いつ聴いてもその懐かしさに胸が詰まる想いです。
 アルバム『その愛に』は、広谷順子さんのデビューアルバム。 1979年、広谷さんが全曲作曲した本格的な女性シンガーソングライターの登場でした。アルバムプロデュースを託されたのは松任谷正隆さん。当時、松任谷さんがDJをしていたNHK「若いこだま」でも広谷さんをゲストに招き、広谷さんの作品の素晴らしさについて語っていました。


 『その愛に』は日本の情景や四季、そして少女、女性の感受性に趣をおいた繊細なアルバムで、サウンドや歌詞も時代性やニューミュージック・シーンにみられがちな"流行を追う"というような事象をできるだけ排してピュアなものに仕上げています。詩も伊達歩さん(伊集院静)以外は女性の方ばかりで、広谷さんの持っている世界をより一層深いものにしています。
 1曲目、京都、奈良の旅を謳った「古都めぐり」、この歌を聴いたら古都に行きたくなる気持ちになる名曲。2曲目の「遠い情景」に続く「恋歌」もまた日本女性の繊細な心を詠んだ情緒溢れる歌。4曲「Summer Moonlight」は、透明感溢れる夏の夜の涼しい夜曲。続く「Snow Fall」の、しんしんと音もなく降る雪の美しいこと。ここまでは、作詞、竜真知子さんによる日本の情緒、四季に趣をおいたものになっています。そしてB面の「朝もやの中で」は恋心に気づく少女を謳った爽やかなラブソング。「キミの赤いほっぺにチューしちゃお」(詩:伊達歩)は楽しい親子の風景が映し出されるとってもカワイイ歌。そして切なさが残るラストの「過ぎ去って行くもの」。いずれも素晴らしい楽曲揃い。このアルバム『その愛に』は数年前にCD選書(Q盤)としてCD化されました。
 その後広谷さんは『Blendy』(1980年CD化)『Enough』(1983年未CD)とアルバムをリリース、そして作曲活動、スタジオミュージシャン(参加したコーラスワークは数知れず)として活動をしてきました。そして現在、アカペラグループ、Breath by Breath 、夫である木戸やすひろさんとのユニット、綺羅として活動を続けています。特に綺羅が表現しようとしている和の世界はアルバム『その愛に』(特に竜真知子さんが詩を手がけたA面)に合い通ずるものを感じます。
 エプロンにつかまっている5才の少女の風景は、いつの間にか僕の風景になってしまいました。若い頃の母の姿といっしょに。

(富田英伸)





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