Carpenters

Goodbye To Love

1972 " A Song For You " A&M SP3511 / LP





 「カーペンターズが好きです」と堂々と表明するのは何かちょっと気恥ずかしいことだというような思いをずっと抱いてきたうな気がします。清潔で豊かなアメリカ中産階級の典型のようなイージー・リスニング風のサウンドは攻撃的で野卑なロックとは最も遠いところにあるし、Karen の可憐(シャレじゃないよ)でしっかりとした発声と Richard の誠実なアレンジ。そして清楚な雰囲気をたたえた Richard と Karen の佇まい。どれをとってもセックス、ドラッグ、ロックンロールのイディオムとは一線を画しており、しかもそんな彼らが世界的なヒットを放った超売れっ子だということに聴く側の我々もある種の衒いを感じていたものです。アメリカは泥沼のベトナム戦争に足を突っ込んでいたし、なんと言ってもサブ・カルチャーなロックの時代だったわけです。そんな時代に Henry Mancini に影響を受けたという Richard の作り出すサウンドが時代がかって聞こえたとしても仕方がなかったかもしれません。
 日本でも Carpenters のファンは当時の多くのロック・ファンには馬鹿にされていたものだし、そういう状況は本国アメリカでも似たり寄ったりの状況だったようです。またそうしたパブリック・イメージについては本人たちも相当に意識していたようでステージの構成や、A&R、レコード・ジャケットのデザインに至るまで、スタッフとの衝突も度々あったそうです。


 Richard Carpenter は紛れもなくロックの出自の人だという気がします。レコード・コレクターでもあった彼は Frank Zappa や Mothers Of Invention のレコードは全部持っていたそうですし、そうした表層的な事実を除いても、例えば、彼らに曲を提供した作曲家やバックのミュージシャンの起用などそのサウンドにおいても Carpenters がただの耳当たりの良いポップスとは一線を画していたということがはっきりと見て取れます。彼らは Carpenters としてこうあらねばならないというイメージと自身の音楽的な志向性とのギャップに少なからずジレンマを抱いていたようです。
 そうしたジレンマから Carpenters が最もロックに接近したエポック・メイキングな作品が、この「Goodbye To Love」だという気がします。Richard と長年のパートナー John Bettis との共作になるロマンティックなロスト・ラブ・バラードのために Richard はある冒険をしました。彼らのステージで前座を務めていた Mark Lindsay のバック・バンド Instant Joy のギタリスト、Tony Peluso を起用したこと。彼は Carpenters を壊してしまうのではないかという戸惑いを抱きながら間奏のファズ・ギターを弾きます。この目論見には実は Richard の確信犯的な計算があったのではないかという気がします。
 彼らに批判的なロック・ジャーナリズムはもちろん、彼らの熱心なファンすらも欺くギター・ソロ。
この当時、この手のバラードにこうしたギター・ソロを入れるというのはかなりの冒険だったはずですが、こうした手法は後にはごく一般的なアレンジのメソッドとなっていきます。こうした創意と冒険心に Richard の天才的な感性を見出すことが出来ます。
 Carpenters の音楽の大きな部分は Karen のあの美しいアルト・ヴォイスにあるにしても、その才能を十二分に引き出そうと真摯に音楽と向き合った Richard なしにはこのグループの成功はなかったはずです。音楽がスタイルやジャンルといったものとは無縁であることを、音楽への純粋な愛情を通して表現しようとした彼らのパフォーマンスは、むしろ時代性を超えて普遍的な輝きを放っています。

(脇元和征)





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