大滝詠一

Water Color

1982 " Niagara Triangle Vol.2 " CBS SONY/Niagara 28AH-1441/LP





 このアルバムがリリースされたのは1982年3月21日だったと記憶しています。ナイアガラーにとってはおなじみの3月21日。自転車をこいで町で一番大きなレコード屋に行った事をよく覚えています。当時『A Long Vacation』の大ヒットでこのアルバムもかなり大きな期待を担っていたようで、店内ポップはジャケットをあしらったピンクのポスターに、"Niagara"の大きなロゴ。実にアメリカンな雰囲気を漂わせていました(そう言えばあの時もらった大きなポスターどうしちゃったんだろう?、ロンバケのポスターもどこかにいっちゃったなあ)。何といってもこのアルバム、ジャケットのピンクがひときわ印象的でした。
 ジャケットがピンクで発売日が春だったこともありますが、このアルバムはどの曲をいつ聴いても、発売当時ヘビー・ローテーションで聴いていたころの思い出とともに"春"のイメージを想起させます。佐野元春や杉真理の若い個性がのびのびと発揮されていたことも若葉の季節を感じさせた一因かもしれません。しかしこの「Water Color」だけは強烈な季節の匂いをふりまいているようでした。
 頬を打つ斜めの雨と、湿気を含んだ南風が一瞬の衒いを呼び起こす。白く煙る風景の中に永遠に溶け込んでいく想い。やがてやってくる夏。誰もが解き放たれているかに見える季節を前にすると、戸惑ってしまってどうしても足が竦んでしまう。そんな喧騒への憂鬱はきっと誰しもが一度は経験するのではないでしょうか。


 風景の中の"僕"が持つ諦観。松本隆の詞の世界に通ずる普遍的なテーマはここでも描かれているようです。そして、大滝詠一のこの湿度でなくてはありえないメロディーと、何ら押しつけることのない歌い方が、行き場所のない青春のよるべなさをいっそう際立たせています。ただの雨ではなく、梅雨という日本の気候風土がもたらす、日本人でなくては書けない雨の歌。古今東西、雨を題材にした歌はたくさんありますが、梅雨というものが持っている独特の倦怠感をまとったといった点で、ユーミンの「雨のステイション」と同じ質感を持っているように私には感じられます。
 大滝詠一の歌の中で私が最も好きなのは、この曲や「雨のウェンズデイ」、「ガラス壜の中の船」などのようにペシミスミズムを優しさの中に包み込んだような曲です(そういえばいずれも雨の歌ですね)。最も多感な時期を一緒に過ごした曲達だからでしょうか。「松本隆−大瀧詠一」という稀代のコラボレーションは、圧倒的なリアリティと忘れ得ぬ心象風景を私の胸に刻みつけていったのです。

(脇元和征)




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