大阪城ホールでのライブ拝見しました。

 すばらしかったです。演奏も歌もほんとによかった。そして、ステージの上を見つめながら、同時に私はまりやさんの音楽と出会ったときのことを思い出していました。
 今から 20 年前、地方の小都市に住む中学生の私は、地方局の AM ラジオのヒットチャート番組の順位を聞き取ってノートに書き写すのを毎週の自分の仕事と決めていました。
NHK の AM の英会話のラジオ番組「基礎英語」を聴くという名目で自分の部屋に持ってきた、わが家唯一のモノラルのラジカセを前にして、アナウンサーが早口で読み上げる曲名と歌手の名前を次々とメモしていきます。今となっては、なぜそんなことをやろうと思ったのかも覚えていませんが、二年間ほど続けていた記憶があります。
 その番組で流れてきたのが、まりやさんの「ドリーム・オブ・ユー」です。すぐに気に入り、少ない小遣いをはたいて買ったソニーの CHF (一番安い 60分 400 円のオレンジ色のやつ) という種類のカセットテープに録音して一生懸命聴いていました。いまだに「ドリーム・オブ・ユー」とカタカナでカセットケースのラベルに書いたのを覚えています。
同じ年に発表された「セプテンバー」も、もちろんお気に入りテープにエアチェックして繰り返し聴きました。
 親にねだって安いレコードプレーヤーを買ってもらいましたが、レコード自体は中学生が簡単に買えるような値段ではありません。また、近くにはレコード店がなく、休みの日に、家から何キロも離れた小さな店に弟を連れて歩いて行きました。
 初めて買ったのは原田真二さんの「シャドーボクサー」ですが、しばらくして、「不思議なピーチパイ」を、同じく化粧品のテレビCMのテーマ曲になっていた庄野真代さんの「Hey Lady やさしくなれるかい」といっしょに買いました。窓際に置いたレコードプレイヤーに向かって、どちらを先に聴こうかと迷って、ジャケットを眺めていたのをはっきりと覚えています。
 大阪城ホールを満員にした観衆の中で、まりやさんの歌を聴き、姿を拝見しながら、私はそんな、音楽雑誌も、評論も、ゴシップも、そして他人への見栄や、そういうものと関係なく、音楽をラジオや、レコードプレーヤーにかじりついて繰り返し聴いていた自分を思い出していました。
 親への反発で、家から離れた大学を受験しようとして出かけた宿の部屋のラジオから流れてきた「元気を出して」や、就職して会社通いの毎日がむなしく感じたときに流れてきた「Quiet Life」。
 実は、ライブに行くまで気づいていなかったのですが、まりやさんの音楽は、それぞれの時代に私の中にしっかりと根をおろして、私の一部になっていたようです。
 20 年前ラジオのヒットチャートを書き写していた中学生は、今では少しお腹の出た中年になりつつあります。次のライブまでラジオにかじりついていたあの頃のように CD でまりやさんの曲を聴かせていただくことにします。でも、なるべく早く、私の髪が白くなる前に、お会いできることを楽しみにしております。
では。


2000年8月7日
寺西@大阪





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