前略 竹内まりや様

 台風一過の東京は梅雨明けを目前にして、湿気を含んだ熱風がまとわりつくようになりました。都市の夏は特に過酷なような気がします。
 本当に久しぶりのコンサートとのこと。再び元気にステージに立てた喜びをあなたは体いっぱいに感じられていらっしゃるようでした。 久しぶりのステージにあなたが持ってこられたもの。それは「何かをきちんと想い直すこと」だったように私には感じられました。 実はあなたの歌う姿を本格的に拝見するのはこれが初めてでした。なのに私にとってこんなにも懐かしい想いに浸れたのは、あなたの歌が私の生活の日常的な場面においてごく自然に存在していたからだと思うのです。長い間レコードでのみ聴いてきたあなたの歌が、私自身のここ十数年の来し方に重なるから、私は私自身とあなたの歌が言いようもなくいとおしいものに感じられたのだと思います。何度も涙腺がゆるんでしまったのは歳のせいばかりでもなかったようです。歌というものは常に生活と共にあるのだということを再認識したのでした。
 私事ですが、結婚式の時に「家に帰ろう」をBGMに使わせていただきました。何年かを経た二人のことを歌ったこの曲は、結婚式にふさわしくないようにも思えましたが、単に "100歳になるまで一緒に暮らそう"というフレーズが気に入ったのでした。結婚して数年も経つと、あのころの気持を少し忘れていることがある。ちょっと思いやりが足りなかったり、何でも当たり前に思えてきたり。でも、イントロのギターのフレーズが聞こえてきただけで、そんな数年間を思い返してステージがみるみる曇ってきて見えなくなってしまいました。モズライトのあのフレーズは私にとってはあまりにも切ない響きです。忘れかけていた何かを、私はあなたの歌によって想い直していたのですね。振り返って想い直すときに常にこの曲とともにあるというのは、実は最もふさわしい選択だったのだということに気がつきました。
 さて、ステージも終盤に差し掛かった頃、あなたは懐かしいヒット曲の数々を久しぶりに披露されました。会場の多くの方が懐かしく感じていたことでしょう。と、同時にあなたご自身がこの19年間の出来事をしっかりと思い返されているように感じられました。ご結婚をされて家庭に入り、家事や子育ての合間を縫って常にペースを守りながら続けてこられた音楽活動。19年前のあなたからの贈り物は私たちにとっても、この間の長い時間を振り返るとても良い機会だったのでした。そう、ステージの上のあなたや旦那様をはじめ、バックのミュージシャン、スタッフ、そしてオーディエンスの我々も含めて、今回のライブは今まで振り返ることのあまりなかった「時間の封印」を解いたそんなひとときだったように思います。
 20年ものブランクをものともせず、見事にステージへと復帰されましたね。あなたを最良の形でここまで導いた旦那様にも感謝。噂に漏れ聞く、尊敬しあう夫婦の最良の形を初めてこの目で確かめた思いです。ちょっと妬けましたけど。
 また、元気を分けてください。またこのような形でお目にかかれることを楽しみにしております。今度はもう少しゆっくり耳を傾けていたいと思っていますのでどうぞよろしく。
 暑さ厳しき折り、充分ご自愛くださいませ。

脇元和征 拝





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